Stender warming up on Garnier's Modern organ (photo by Tomo)

Start 2000 / オルガン連続演奏会T

ふたつの風の音

―表裏2台のオルガンで聴くバッハの夕べ―

日時:2000年4月13日 開演19:00
会場:東京芸術劇場
楽器:ガルニエ・オルガン(クラシック&モダン)
演奏:エルンスト-エーリッヒ・シュテンダー
Ernst-Erich Stender

Stender negotiating tricky passages on Garnier's Classic organ (photo by Tomo)

Program Notes/プログラム・ノート

『ふたつの風の音』主催にあたり

E-E.シュテンダー氏から演奏の申し出を受けるまで、日本に500台以上のパイプオルガンがあり、それらの多くがほとんど演奏されないという事実を、私は知りませんでした。20数年前には数えるほどしかなかった高価な楽器が、アワのような好景気の産物として建造され、そのまま眠っているとしたら、日本人の文化感が疑われてしまいます。

日本には諸外国のように文化省がない、と我々音楽仲間は、文化国家と呼ぶには程遠いこの国の事情を嘆きますが、まさにパイプオルガンの現実だけで、もう文化国家とは言えないでしょう。使うほどに響きの深みを増し、何百年も生き続けるはずの楽器をこのまま朽ちさせていいものでしょうか。

パイプオルガンを楽しむ会を設立し、日本のパイプオルガンを取り巻く現状を知るほどに、日本古来の文化の高さ、日本人らしいつましさと心の豊かさを、オルガンの響きに託して取り戻したいと思い始めました。本日は、次世代へ受け継がれるべき文化財産の一つを心に留めるひとときとなりますが、理屈抜きで彩り豊かな風の音をお楽しみいただければ幸甚です。

パイプオルガンを楽しむ会
代表 橋本侑生子

 

前半:クラシック(バロック)オルガンで聴くバッハ

前奏曲とフーガ ハ短調 Praeludium und Fuge c-Moll (BWV 546)
この前奏曲は、ライプツィヒ時代(1723〜1750)の最高傑作に数えられる。力強い和声の響きで始まり、急ぎ立てるように三連音符の動きが続く。フーガは展開されていかないが、二重フーガで始まる。前奏曲とは、バッハの時代は導入の役割を果たす楽曲で、それが例えばフーガ(追いかける、という意味)という型に受け継がれて展開していく。

パルティータ:おお神よ、汝まことなる神よ Partita: O Gott, du frommer Gott (BWV 767)
17〜18世紀のコラール・パルティータ(讃美歌変奏曲)は、それまでにあった世俗的メロディから派生したものに対して、宗教性を表している。このコラールは、まず多声で呈示されてから8つのヴァリエーションとなっていく。

自らを飾るべし、おお愛する魂よ Schmücke dich, o liebe Seele (BWV 654)
このコラール(讃美歌)は、書法・装飾などを手直しして、ライプツィヒ時代のコラール集と名付けられた中でも最も有名である。2つの手鍵盤とペダルで奏され、右手は単独のストップで装飾的なメロディを弾き、左手とペダルは伴奏を受け持つ。

前奏曲とフーガ 変ホ長調 Praeludium und Fuge Es-Dur (BWV 552)
諸々の圧力が多い悪条件の中で、あまり新しいオルガン作品を書かなかった時期(ライプツィヒ時代・晩年となる)の作品で、クラヴィア練習曲集第三部の中に組み込まれており、それがオルガン作品にまとめられた。祝祭的、序曲風の前奏曲は三重フーガ、3つの異なるテーマを呈し、それは三位一体(父・子・聖霊)を象徴している。

後半:モダン(フランス・シンフォニック)オルガンで聴くバッハ

前奏曲とフーガ ハ長調 Praeludium und Fuge C-Dur (BWV 545)
エレガントな動きと共に、たっぷりした音の構成で始まり、一挙に注ぐ流れのように進む。続くフーガは声楽的な単旋律のテーマをつないでいく。

われ、汝に呼びかく、主イエスキリストよ Ich ruf zu dir (BWV 639)
ヴァイマル時代(1708〜1717)のオルガン小曲集に含まれる。軽く装飾された讃美歌風メロディは、静かに流れる中声と低く叩くようなバスによって瞑想的な性格を浮き立たせている。

パッサカリア ハ短調 Passacaglia c-Moll (BWV 582)
ケーテン時代(1717〜1723)最後の年に作曲される。このパッサカリアは8小節(普通は4小節)の、バスに現れる一定の音型(テーマ)に基づいて、20のヴァリエーションで成り立ち、一つのフーガへと展開される。この作品は、バッハの重要な作品群に属する。
パッサカリアは、バス部分に一定の音型がずっと続く曲である。

目覚めよと呼ぶ声あり Wachet auf, ruft uns die Stimme (BWV 645)
この作品は、カンタータBWV140の声楽曲(テノール独唱部分)をオルガン用に編曲したものである。この編曲によって、バッハはいわゆるベストセラーを得ることになる。

トッカータとフーガ ニ短調 Toccata und Fuge d-Moll (BWV 565)
バッハの最も有名なオルガン作品である。極めて技巧的な音の高まりで始まり、しかも即興的な要素を持っている。フーガ主題はトッカータの素材から組み立てられていて、バッハはそのフーガの型を至極自由に扱っている。
トッカータは、演奏技法を誇示する華やかな曲である。

アンコール

トッカータ ヘ長調(C-M. ヴィドール 「オルガン交響曲第5」 op. 42より)
Toccata (aus der Sinfonie Nr. 5, op. 42, Charles-Marie Widor)
ロマン派を代表するオルガン作曲家ヴィドール(1844〜1934)。当時、設計技術の向上によりサイズも音量も大きくなり、音種も多様になったオルガンのために交響曲が作られるようになる。そのオルガン交響曲の父たるヴィドールが残した10のオルガン交響曲の中で5つめの作品の第5楽章。明るく艶やかな主題が、リズミックに、しかも重厚に展開していく。芸術劇場モダンオルガンの魅力を余すところなく引き出す。

Concert Review/コンサート評

多くの風を震わせて」、ロバート・ライカー、ジャパン・タイムズ、2000年6月4日掲載。(右の和訳) "Vibrating quite a lot of wind" by Robert Rÿker, Japan Times, June 4, 2000.
 東京芸術劇場の2台のパイプオルガンを使用したエルンスト-エーリッヒ・シュテンダーの独奏会は、ヨハン・セバスチャン・バッハの作品を取り上げた。(中略)

 丸天井に覆われた壮大な大聖堂やコンサートホールの空間を満たすように、バッハの荘重な音楽がわき上がる荘厳さは否定できない。心の奥底を探り、精神を奮い立たせ、魂を高揚させる音楽である。それが無尽蔵に出てくるのだ。オルガンのプログラム、特に一人の作曲家を特集したプログラムは多少専門的になる傾向があり、しかも一種類の娯楽がそれだけの量ともなると、鑑賞に必要な集中力を持続できない聴衆も少なくない。しかし、無論そこが核心である。そもそもバッハのオルガン音楽は、奮い立たせるものであって、楽しませるものではないのだ。

 とは言うものの、休憩後のステージで行われたシュテンダーのインタビューは、予期せぬ楽しい出来事だった。(中略)教会も少なく、歴史上重要なオルガンも極めて少ない日本では、ヨーロッパへ旅しなければ、その文化の中で教会とオルガンが占める中心的な地位を真に理解することはできない。

 シュテンダーのプログラムは、これまで幾度となく録音(そしてオーケストラ化)されてきた5つの主要なオルガン作品に小作品をちりばめた堅牢な基盤の上にしっかりと構築されていた。教会オルガニストであるシュテンダーは、自分を飾り立てるショービジネス的感覚は発達していないかもしれない。しかし、そのざっくばらんなドイツ語での掛け合いでその欠如を埋め合わせた。(後略)

Ernst-Erich Stender's recital on the twin pipe organs of Tokyo Geijutsu Gekijo featured works of Johann Sebastian Bach.  [. . .]

There is no denying the awesome grandeur of Bach's majestic music rising to fill the vaulted caverns of a great cathedral or concert hall.  It is music to probe the heart, to inspire the mind, to lift the soul -- and there is more of it than you could possibly imagine.  Organ programs can become a little specialized, especially one-composer programs, and many have trouble mustering the concentration required for so much of one type of entertainment.  That, of course, is the point:  Bach intended this music to inspire, not to entertain.

Still, it came as pleasant surprise when Stender was interviewed on stage after the interval.  [. . .]  Japan being a nation of few churches and very few organs of substance, it takes a trip to Europe to really understand the central place which the institution and the instrument occupy in the culture.

Stender's program was firmly built on the sturdy foundation of five major compositions for organ, all many times recorded (and orchestrated, for that matter), interlaced with smaller works.  As a working church organist, he may not have developed much of a sense of show business to spruce up his presentation, but he made up for that in his folksy German interview.  [. . .]

NHK FM 「あさのバロック」での放送

本コンサートの模様は NHK FM により収録され、2000年7月23日(日)朝6時、「あさのバロック」で放送されました。放送された曲目は次のとおりです。

前奏曲とフーガ ハ短調 BWV546
コラール前奏曲“愛する魂よ、美しく装え”BWV654
前奏曲とフーガ ハ長調 BWV545
コラール前奏曲“イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ”BWV639
パッサカリア ハ長調 BWV582
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565

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