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2000年4月24日

オルガン連続演奏会T「ふたつの風の音」を終えて

 東京芸術劇場のパイプオルガンについて、「以前、コンサートの途中に演奏不能になった」、「本格的なオルガンだけの演奏はここ3年間ない」などの情報が耳に入ってきて、正直なところ心配を伴った『ふたつの風の音』であった。そして、前日のリハでは、オルガン制御用のコンピュータの操作が、シュテンダーの知っているものと違うらしく、「このホールのはちょっと特殊」などと言う。ますます不安になった。当日の朝も、ストップ(音栓)の組み合わせ、レジストレーションに時間を費やす。オルガン1台だけでも、楽器のクセやホールの音響状態などと格闘しつつ音を作るのは、一仕事であろう。それが、この日は2台。しかも、音も鍵盤の状態もまったく異なるのだから、いかに作業が大変なことか。

 午後、緊張で多少混乱していたのか、シュテンダーがバロックとモダンを取り違えてリハを始めてしまい、「レジストレーションがコンピュータのメモリから消えている!」と慌てる一幕もあった。演奏家は、たとえ普段は大らかな性格の人間であっても、演奏当日はとても神経質になる。そのうえ、不慣れなコンピュータである(「私は演奏家であってエンジニアではない....」と彼は一言)。そばにいる人間も神経を使い、疲れるものだ。

 しかし、オルガンが段々鳴り出してきたのに気付く。安定感が出てきた。まるで、「あなたのような一級の奏者に出会えてうれしい」と応えているように思える。それが、本番を迎え、プログラムが進むほどに、「これが本来の響きだ」とばかりに鳴り響く。大きなオルガンが更に偉大に見えてきた。シュテンダーいわく、"Ragend!"(ラーゲント)。「サイコーのオルガンだ!」と。

 このオルガンの設計者マルク・ガルニエ氏の子息であり、オルガン技師でもあるマチユー・ガルニエ氏が、当日、立会人としてステージ横で待機し、万が一に備えた。彼も、やはり最初は不安げであった。4月13日は、汗ばむ初夏の陽気。そのうえ、思いがけないほど多くの人がやって来る。ホールの中が熱くなりすぎて、オルガンに影響しないか、と。今までも、そうしたトラブルがあったのだ。オーケストラと一緒なら、何とか乗り切れるかもしれないが、今回はオルガンだけである。結局、通常より照明を落とし気味にして、あとは空調操作で温度と湿度の変化を最少に、という対策を試みた。そういう配慮も、オルガンにとってうれしかったのかもしれない。オルガンは響きで応えてくれた。マチユー・ガルニエ氏にとっても、幸せな一晩であったらしい。

 クラシック面、バロック・オルガンの鍵盤は、しゃれた装飾が施され、きゃしゃな印象。実際、鍵盤幅も多少細めだとシュテンダーは指摘した。しかし、それは単に彼の手が大きかったからかもしれない。彼の手は、何しろ大きい。その大きな手、長い指が、その細く、デリケートな鍵盤の上を実に巧みに走り回る。「練習、練習、そして練習、慣れるまで」とシュテンダー。モダン面の鍵盤の幅は、普通。その表面が多少ふぞろいで気になったものの、シュテンダーは、"Ja, aber es geht!"(でも、大丈夫さ!)。

 東京芸術劇場は、当初、オルガン演奏にはだだっ広すぎる≠ニいう印象だった。ウワサでも、そう聞こえていた。でも、実際にリハーサルで聴いた限りでは、どこの席でもばらつきの少ない、安心して聴ける音だったし、とにかくその重厚なオルガンの響きにだだっ広い≠ニいう印象は消し飛んだ。もちろん、音響的にもっと優れた空間はあるに違いないが。そう、ヨーロッパなどでは、教会の建物がオルガンに即していて、温度と湿度が一年中ほぼ一定しているという。そして、オルガンの扱いも規則正しい。それに比べたら、芸術劇場のオルガンはカワイソウかもしれない。なかなか、楽器としての本領が発揮できない。熱い照明にさらされ、空調の風に吹きつけられ、しかも弾きこまれるほど弾かれていないのだ。

 これからは、主催者がホール側と一緒になり、オルガンという楽器を中心に考え、コンサートを企画すべきではないか、と思う。このオルガンは、9年目をやっと迎えるところだ。

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