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2001年7月11日 オルガン連続演奏会V「風のオーケストラ」を終えてオルガンコンサートを大きなコンサートホールで、しかも東京と大阪で続けて開催するなんて、とんでもなく大変な事をしたように思う。3回目を無事に終えて、ホッとしたというより、フーッという感じである。 が・・・まずは「風のオーケストラ」東京公演を振り返ってみる。 今回はオルガンで交響曲に挑む Stender。芸術劇場ガルニエ・オルガンのコンピュータ制御による難解なレジスト設定に相変わらずしばらく混乱しつつ、私に、覚えていないのかなんて聞く。だが、昨年4月の第1回公演を思い出し、私は歌い手だと言い返し、そこでお互い笑い合うという余裕が今回はあった。3度目の余裕はさておき、今回は交響曲だから当然レジスト―音―の数が多い。かなり時間をかけて設定する。練習中毒症なんて冗談を言うが、オルガニストは楽器を前にしてからが勝負。会場によって楽器が異なり、鍵盤、レジストの数も変われば操作性も操作感も違う。つまり、音の想定など会場のオルガンに触るまでできないし、鍵盤、レジストの配置、タッチなど練習だけでは対処できないことが多い。会場のオルガンを目の前にして初めて音創りが始まり、楽器のクセも分かる。短時間で慣れる作業が必要な楽器である。このガルニエ・オルガンは、それが特に求められるのだ。 いよいよ開演。会場は最初から大きな拍手に包まれ、早々にブラボーまで聞こえた。 ・・・えっ! ああいうのは大体サクラだったりしない? しかしサクラが手配できるほどうちのスタッフに余裕などない。1曲目から期待に応える演奏だったのである。編曲とは、元の曲をなぞることではない。原曲から新しい顔を引き出す作業である。それは、演奏家が違うから、曲のテンポや表情がちょっと違うといった程度のことでは済まない。特定の楽器の持つ特質・得手不得手を鑑みて、違った作品に生まれ変わらせるのだ。表現手段が変わると、その意味合いも自ずと違ってくる。Stender はそのことを休憩後のインタビュータイムで熱っぽく語った。そして、多くの聴衆がそれを理解した一晩 ― 編曲の楽しみというのを改めて知らされ、たっぷり堪能できた時間だったと思う。オルガン演奏を通して、オルガン曲を書かなかったグリークやムソルグスキーは魅力的なオルガン作品を残した作曲家となり、ブルックナー作品ではオルガニストとして彼がイメージしただろう音達が現実に蘇り、知られすぎた感のあるベートーヴェンの「運命」は思いがけない表情で迫ってくる。 大阪公演。東京芸術劇場とは異質な響きを持つ建物、ザ・シンフォニーホール。音創りは振り出しから、である。このホールとそのオルガンについて、「乾いた響き」とStender は表現する。反響が極めて少なく、私には「硬い音」に聴こえる。響きの不足感に対し、Stender は演奏に使うパイプを増やすことでボリュームアップを計る。「大きすぎないか?」と時々こちらに確認するが、「いいんじゃない?」としか答えようがない。こちらは音量がパイプの数でどう変わるのか、また演奏台の所でどう聴こえるのかなど分からない。でも、客席で聞く限りでは、硬質とはいえ、すごく感じの良い響きである。響きが降ってくるというより、直接ぶつかってくる感じ。前回の「残響2秒」に書いたように、想像どおりそれぞれのフレーズがつぶれず、より明快な輪郭をもって耳に入ってくる。「運命」では、作品の綿密且つ揺るぎない構築がより鮮明に浮かび上がるようで、改めてベートーヴェンってすごいと知らされた。コンサートの前半、大阪の聴衆にはオルガンで聴く交響曲への期待感というのがあまり感じられなかった。「ナンやろか?」という雰囲気というか・・・。しかし、それが最後には「パイプオルガンってええねぇ」、「寝てしまうかと思ぉたけど楽しめた」という顔。「Stender の演奏が良いんですよ」とゆうてやりたい。舞台監督氏がつぶやいた。「うまい演奏家ほどぎりぎりまで練習してますよ。ベルリンフィルの面々もそうです。」 と、こうしてコンサートが終わったのだが、その後、聴きに来てくださった方々から電話、ファクス、ハガキが届いている。「『パイプオルガンを楽しむ会』の会員になりたいと思います」、「次回の案内を送ってください」、「オルガンの虜になりそうな気配」、「前も参加した‘会員’です。よかったぁ!」等々。・・・「フーッ」などと溜め息をついている場合ではない。来年に向かって歩き出さなければ! 追記 アンコールは、バッハ作曲「トッカータ アダージョ フーガ ハ長調」よりアダージョ イ短調。 東京芸術劇場では、モダン面からクラシック面へオルガンを回転させての演奏で、これが殊のほか受けた。また、Stender は当日この曲で初めてクラシック面を使ったのだが、とっさにオルガンの電源スイッチの位置が分からず、この演奏会のために調音と調整に来ていたガルニエ氏の息子さんを急きょ舞台に引っ張り出す、というオマケまで付いた(これがまたウケた)。 いずれにせよ、上等のごちそうの後、スーッと喉を通る、実にさわやかなデザートであった。外気温37度という暑さを忘れたひと時であったと思う。 |
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